最近、バラエティー番組で大活躍中のバイオリニストである高嶋ちさ子さん。お綺麗ですが、言葉がきつく何かと炎上したりと……見ていて飽きないですよね。今回はそんな高嶋さんの実家や父親の職業についてピックアップしていきます。
この投稿をInstagramで見る
高嶋ちさ子の実家は超金持ち&豪邸
バラエティー番組でバイオリンを弾いているところをあまり見ることがないため、忘れがちですが……本来、高嶋ちさ子さんは世界的にも有名であるバイオリニスト。実家は超お金持ちだったようです。バイオリンを習うことができる家柄って、やっぱりお金持ちなんですね。
庭付き一戸建ての豪邸で、しかも庭にはブランコがついていたんだとか……。しかも場所は世田谷区とのこと。
3兄弟で、お姉さんとお兄さんがいるそうです。3兄弟で、世田谷区の庭付き一戸建てに住んでいるというだけでどれだけのお金持ちなのかが分かりますよね。
また、高嶋さんの母親はピアノ教師であり、父親は音楽ディレクターだったそうです。音楽一家に生まれたこともあって、高嶋さんもバイオリニストを志したんですね!
高嶋ちさ子の父親の職業は?
そんな高嶋ちさ子さんの父親である高嶋弘之さんは有名な音楽ディレクター。どんな方だったんでしょうか?詳しく見ていきましょう。
高嶋弘之さんは、元は東京芝浦電気株式会社(現東芝EMI→EMIミュージック・ジャパン)の洋楽ディレクターだったそうです。
そして、驚きなのが1964年のビートルズ初代ディレクターということ!ビートルズを日本で流行らせたのは彼だと言っても過言ではないほど、ビートルズの販促活動について一躍担ったのが高嶋弘之さんなんです。
高嶋弘之さんはのちに邦楽部門に移り、あのザ・フォーク・クルセイダーズや由紀さおりさんなどのディレクターも手がけました。やり手のディレクターだったようです。
由紀さおりさんの代表曲でもある「夜明けのスキャット」の命名者は、高嶋弘之さんなんだとか。今でいう秋元康先生のような存在だったんでしょうか。すごい人物だったんですね!
この寄席クラシックスの仕掛け人は高島弘之さん。昨夜は秘蔵のビートルズコレクションも展示されていました。来年80歳、元気もらいました pic.twitter.com/x7mxdgMa3f
— Takahiko Azuma (@Az_Takahiko) June 29, 2013
父親はビートルズブーム仕掛け人て本当?
ビートルズに関してですが、初期の楽曲のほとんどの邦題は高嶋弘之さん自身がつけていたそうです。なんと、「抱きしめたい」や「涙の乗車券」などの邦題は高嶋弘之さん命名!特にひらめきで決まったというのが「ノルウェーの森」。英語でのタイトルは「Norwegian Wood」で「ノルウェー製家具」なんだとか。高嶋さんの曲を聞いた印象から、邦題は「ノルウェーの森」に決まったんだとか。
しかし、ビートルズブームを起こすのにも涙ぐましい努力をしたようです。今では確実にやらせと言われてしまいますが、メディアで取り上げるためにスタッフらを床屋に連れて行ってマッシュルームカットに。その様子をわざと週刊誌に取材させて、「マッシュルームカットがブーム」と記事を書かせたり……。ラジオの電話リクエストでサクラを雇って、ビートルズのリクエスト数を増やしたりと……あらゆることを行ったそう。
ちなみに、高嶋さんは英語も出来なければ楽譜も読めなかったと後のインタビューで語っています。それなのにビートルズを流行らせたんですから、本当にすごいことですよね!
この投稿をInstagramで見る
そうした努力によって、日本中にビートルズ旋風が巻き起こります。高嶋ちさ子さんの父親である高嶋弘之さんがビートルズの仕掛人というウワサは本当だったようです。
最後に
今回は高嶋ちさ子さんの実家や、その父親である高嶋弘之さんにスポットを当ててご紹介しました。まさか、高嶋ちさ子さんの父親がビートルズの火付け役というすごい人物だったとは驚きですね。そして、今後の高嶋ちさ子さんのバラエティー番組での活躍にも期待です!